天台宗 医王山 寂光院
満願寺まんがんじ
願いが、満ちるところ。
延元二年(1337)創建茨城県龍ケ崎市半田町
南無阿弥陀仏。
その一声は、どなたのもとにも等しく届く。
だから満願寺は、宗旨を問いません。檀家であるかどうかも、これまでどの宗派だったかも。困ったとき、迷ったとき、そのままの姿でおいでください。
ごあいさつ
こころの荷を、ひとつ下ろしに。

満願寺へようこそお参りくださいました。当山は延元二年、西暦一三三七年の創建と伝えられる天台宗の寺院です。龍ケ崎の丘の上、竹林と田畑に囲まれた静かな場所に、六百八十年あまり同じかたちで在り続けてまいりました。
ご本尊は阿弥陀如来。「南無阿弥陀仏」とお唱えするその一声が、どなたのもとにも等しく届くというのが、この仏さまのお約束です。だからこそ当山では、檀家であるかどうか、どの宗旨のご家庭かを問いません。困ったとき、迷ったとき、どうぞそのままの姿でおいでください。
大切な方をお送りするとき。お墓の行く末に思い悩むとき。人はどうしても一人で抱え込んでしまうものです。まずはお話をお聞かせいただくところから始めさせてください。答えを急がずとも、ご一緒に考えてまいります。
縁起
六百八十年を、この丘で。
『稲敷郡郷土史』に伝わる創建の記録と、一冊の過去帳が語り継いできた歩みです。
延元二年1337
創建
『稲敷郡郷土史』によれば、当山の創立は南朝・延元二年と伝えられます。山院号を医王山寂光院、本寺を比叡山延暦寺とする天台宗の寺院として、この地に開かれました。
貞享元年1684
中興・覚秀上人
過去帳に、この年に寂した覚秀の名が記されています。以降の歴代が連なって記録されていることから、江戸初期に当山を建て直した中興の祖であったと考えられています。
明治十五年1882
火災、そして過去帳だけが残る
一月の火災により、伽藍と什宝のことごとくを焼失しました。焼け跡から持ち出されたのは過去帳ただ一冊。創建以来の詳しい寺歴を知る手がかりは失われましたが、その一冊が歴代の名と、この寺を支えた人々の記憶をつないでくれました。
現在TODAY
念仏の声は、いまも
旧暦十月十日の念仏十夜会には、檀家の方々と新仏のご親族が本堂に集まり、念仏供養が営まれます。境内には原霊園と合祀墓が整えられ、お墓の継承に悩む方々の受け皿となっています。
※ 山院号・本尊・創建年は『稲敷郡郷土史』および当山所蔵の記録によります。
歴代住職の一覧を見る
旧十月十日、本堂に灯がともる。
六百八十年、絶えることなく。
境内全景
年中行事
一年の、めぐり。
三月 春分の頃
春彼岸会
ご先祖への感謝を捧げるお彼岸のお勤めです。お塔婆のお申し込みを承ります。
八月 お盆
盂蘭盆会・棚経
お盆にはご自宅をおたずねしてお経をあげる棚経を勤めます。日程はご相談ください。
九月 秋分の頃
秋彼岸会
春と同じく、お彼岸のお勤めとお塔婆供養を行います。
旧暦十月十日
念仏十夜会
当山でもっとも古くから続くお勤め。檀家の方々と、その年に新仏を迎えたご家庭の親族が本堂に集います。
随時
年忌法要・納骨・お塔婆
一周忌、三回忌などの年忌法要、ご納骨、お塔婆のお申し込みはお電話でご相談ください。
念仏十夜会について
「十夜」とは、この世で十日十夜の善を修めることは、仏の国で千年の修行に勝るという教えに由来します。当山では旧暦十月十日、本堂に灯をともし、皆で声を合わせて念仏をお唱えします。新しく仏さまとなられた方のご家族にとっては、初めて皆の前でその名を呼ばれる日でもあります。檀家の方以外のご参列も歓迎しております。
アクセス
満願寺へのおこし
- 寺号
- 医王山 寂光院 満願寺(天台宗)
- 本尊
- 阿弥陀如来
- 所在地
- 〒301-0806
茨城県龍ケ崎市半田町993 - お車
- 常磐自動車道 谷和原ICより約30分。境内に駐車スペースがございます。
- 電車
- JR常磐線 龍ケ崎市駅(旧・佐貫駅)より関東鉄道竜ヶ崎線 竜ヶ崎駅下車、タクシーで約20分。
お問い合わせ
まずは、お電話ください。
ご葬儀・永代供養・年忌法要・お墓のご相談。何から話せばよいか分からない、という状態でかまいません。宗旨は問いません。
0297-62-5231受付時間 9:00 – 17:00お問い合わせについて






